新潟のSDGs「見える化」し分かりやすく発信を
青山浩子氏(新潟食料農業大学講師 農業ジャーナリスト)
「新潟らしいSDGsとは」について、農業と食の視点から話をさせて頂きます。
こちらに住んで1年が経とうとしているんですが、新潟の何が一番魅力かなと考えた時に、外せないものはこの4つだと思います。
- 豊かで清らかな水
水道水から出てくるお水がおいしいということを、こちらで初めて感じました。おいしい水からできるコメ、お酒もおいしいことから、水は世界に誇る新潟の財産だと感じます。
- 多様な自然環境が生み出す食文化や暮らし
上越、中越、下越とそれぞれ気候も違いますし、立地条件も違いますし、気象条件も違うことが、こちらに暮らしてよく分かりました。それがあるがゆえに、多様な食文化、生活の知恵があります。歴史、伝統も強みだと思います。
- 県の基幹産業としての食品関連企業の存在
多くの食品関連企業に大学にお越しいただいて、生の現場のお話を学生が聞くという機会を多く持たせていただいていますが、他の地域だったら難しかったんじゃないかと思うくらい、企業が活躍して、しかも新潟で生み出される農産物や水や風土をしっかりと使っているということが強みかなと思います。
- 上記の特徴を生かした農業生産
ただ、この農業生産がいろいろな課題を抱えています。
持続性と対立していたこれまでの日本農業
これはやや極端な図式化ですが、新潟の農業に当てはまるし、日本全体の農業が今抱えている問題です。現在の農業は担い手が少ない、高齢化が進んでいる、そして日本の国土は狭いですから、なんとか有効に活用して、品質の高い農産物を作らないといけないことから、どうしても農薬と化学肥料に頼った農業生産が今まで行われてきました。
また畜産も盛んですが、餌を作るだけの十分な農地がないので、輸入飼料に頼るというところが否めません。輸入原料を持ってくればくるほど、燃料がかかります。化石燃料を使う肥料や農薬、ハウス栽培の暖房とかを使うことによって生産性を上げてきたのが日本の農業です。これは批判すべきではなくて、そのおかげで1億2千万の人がご飯を食べられてきたということだと思いますので、一定の技術の進歩でもあると思うんですね。
しかしあえて「VS」 と対立構造で書かせていただいたんですが、これがずっと続くかというと、そうではないわけですよね。持続性という点で、今の現在の農業を何とか変えていかないといけない、シフトさせていかないといけないという所に来ています。
一つは、今日のテーマであるSDGs、環境への対応が自ずと求められています。地球温暖化がいろいろな自然災害を引き起こして、農業も影響を受けてしまう。農業も環境に対応することによって、自然災害を減らすことにもつながると思うんです。
新しい農業の姿、新潟にポテンシャル
さて、菅総理が2050年までにカーボンニュートラル(二酸化炭素ネット排出量ゼロ)にすると宣言しました。当然農業も歩みを進めていかないといけない。今の農業は持続性と対立構造というか、相容れない部分がありましたが、両立できるようにしないといけないというのが、今の日本の農業に与えられた大きなテーマです。それをイノベーション、いろいろな科学技術開発によって実現していこうということを、日本政府が「みどりの食料システム戦略」という名称で具体的な目標を作っている最中です。
既に中間とりまとめ=表参照=が出ており、2050年までの目標である最終的な取りまとめが今年の5月に発表されます。この表の中間とりまとめを知り合いの稲作農家に見せて、「これを新潟の農業でできますか」と聞いてみました。化学農薬は半分に減らす、化学肥料の使用量は3割減らす、そして有機農業は温暖湿潤で雑草が生えやすいことから欧米に比べると比率は少なく、面積ベースでいくと0.5%ぐらいと言われていますが、これを25%まで、全面積の4分の1まで増やそうという、非常に大きな目標なんです。
これを実現するために、表右の様々なイノベーション技術をこれから開発して、農薬や化学肥料等に頼らない、温室効果ガスを出さないといった形で農業生産をしながら、かつ生産性も上げていこうというのが緑の食料システム戦略です。
先ほどの知り合いの稲作農家は「やっていかないといけないことだし、消費者が応援をしてくれるのならできるかもしれない」と言いました。
ちょっと具体的な話をしますが、皆さんがお米を食べる時に、時々ポツンとした茶色い点がありますよね。あれはカメムシによる斑点米と言われます。それを農家は出荷する前に、色彩選別機といって色がついたお米を商品から取り除くような選別機をかけて、そのお米を取り除いているんです。なぜそんなことをするかと言うと、食べる人が「何この茶色い点、いやだわ」とクレームをつけてくるからなんです。
品質がよく、お米も割れていないし、茶色いお米もないという一等米になるためには、カメムシが食べてしまった茶色い着色米が1000粒に1粒しか入ってはいけないそうなのです。1000粒のうち2粒も入っていたら、それは二等米となり一等級下がってしまう。価格も安くなってしまうのです。もしこれが10粒入っていてもいいんじゃないの、50粒入ってもいいんじゃないの、という風に消費者が理解をしてくれたら、生産者は使う農薬をグッと減らすことができるのです。
こう考えると、この目標を達成するには、イノベーションにプラスして、生産者と消費者の関係性がこの緑の食料システム戦略を成功に導くのではないかなと思います。
そんな地道な地域の活動の積み重ねが、これからの農業の新しい姿をつくる。実は新潟には大きな可能性、ポテンシャルがあると思うのです。
「みどりの食料システム戦略」の目標達成は、SDGsな観点や持続可能性という観点からすごく大事なんですが、現在の農業、日本の農業から考えると容易ではないというのは、間違いないことかなと思います。しかしこれからを考えると、持続性なしには生産性の維持というのもあり得ないし、発展もありえないわけですね。
生産性と持続性の両立ということをSDGsはうたっています。SDGsをやることで環境も守れるし、会社の経営も成り立つし、そこで働いている人もしっかりお給料がもらえる、といったようなものがSDGsです。
朱鷺と暮らす郷づくり
今から三つほど、SDGsに関する事例をご紹介します。
一つは、トキを守りながらお米を作っている「朱鷺と暮らす郷」づくりです。
日本で初めて佐渡が「世界農業遺産」に認定されたということで、トキとの共生、生物多様性が守られるようにと、この里の地域では農薬を減らしたり、農薬をほぼ使わなかったりする「朱鷺と暮らす郷」というお米作りが進んできています。
調べたところ、取り組む農家数は10年ぐらい前には250戸ぐらいだったそうなんですが、この10年間で400戸に増えて、面積も426ヘクタールから令和元年には1000ヘクタールを超えたそうです。島内の全小中学校でこの認証されたお米が振る舞われているということで、佐渡にとってはトキがまず暮らせるようになったこと、そしてトキを守るために農薬や化学肥料を減らしたお米作りが広まったこと、そのお米が付加価値を持って、多少割高でもこういう取り組みだからねと理解されながら消費されるようになったこと、など生産性と持続性がマッチした取り組みになりました。
馬で耕し酒米を作る
津南町に「三馬力舎(さんばりきしゃ)」という会社があります。「日本植物燃料」という東京に本社がある会社と、岩手県遠野市で馬搬(ばはん)―馬を使って耕したり運搬をすることーを振興している組織が、お互いに出資しあって「三馬力舎」という会社を作ったんです。
そこでは、馬で耕し酒米を作っているのですが、そこから日本酒を作って、今年の2月から輸出を始めたそうです。なぜ馬なのか、なぜ東京の会社が津南に会社を作ったのかというと、この日本植物燃料社は大手の燃料会社にいた若者がベンチャーを起こした会社なんです。目的はアフリカの支援です。アフリカの人達は食べることもままならない国もありますし、燃料を自給自足できない。かといって、高い石油を豊富に買えるわけでもない。そこで燃料の原料になるようなものをまず植えて、そこから燃料を作って、主食であるトウモロコシを製粉するための工場をその燃料で動かすということをやってきた会社です。
ところがコロナになって海外に拠点を置くことが難しくなったので、いったん日本に引き揚げて、縁があり津南町に来たそうなんです。
さらに壮大な計画があります。馬耕(ばこう)では馬で引っ張るアタッチメント、後ろにつける機械がありますよね、あれが大事なんです。将来コロナが収まりアフリカに再び農業指導に行く時に、馬に付けるアタッチメントはこういったものがいいんじゃないかということを研究・実証する場として、津南町が選ばれたということなんです。
津南町で馬耕をして、お米を作り、お酒を作る。その作業が結果的にアフリカの農家を助ける、アフリカの農業を支援することにつながるということです。
新潟県が持っている自然条件の良さ、強さというものが海外に繋がるような取り組みまで広がったということで、本当に面白い。
生産現場に広がる「GAP」
最後の事例ですが、大阪府大阪市と長野市に拠点を置いている高野豆腐のメーカー「旭松食品」さんです。 「GAP」という言葉をご存知の方、どれくらいいらっしゃるでしょうか。GAPは ISOの農業版です。農業生産時に食品安全に気を配っているか、環境保全をしているか、労働者・作業者の安全はしっかり担保されているか、人権保護されているかといったことをチェックし、問題なければ認証のお墨付きをもらえるというものです。GAPには「グローバルGAP」「アジアGAP」、日本国内で主に普及している「JGAP」、各都道府県が定める「県GAP」と、認証基準によっていろいろあります。
高野豆腐では非常に有名な食品会社である旭松食品さんは、長野県に工場、畑があり、長野県でもSDGsの推進企業になってます。重点的な取り組みの一つが持続可能な原料調達を目標に定めたことです。自社の大豆の圃場でGAPを取得して、そこで収穫した大豆のみを使った高野豆腐を作っているんですね。
現在は自社工場でGAPを取得していますが、今後は契約の農家にも広げていき、他の農家さんにもGAPを取ってもらい、そこから大豆を仕入れて、しっかりした商品にしていこうとしています。
これは大変重要なことだと思います。今、生産現場ではGAPが少しずつですが広がっています。新潟県では特に「グローバルGAP」という世界に通用するような厳しく難しいGAPを取得している農場が急に増えているんです。この2年間で20カ所増えました。同じ期間に全国で96カ所増えているので、そのうち2割が新潟県の農場となります。農業法人だけではなく、県立農業者大学校とか、つい先日は県立高田農業高校の生徒達が「グローバルGAP」を取りました。この動きをなんとかSDGsに生かして行けないかなと考えています。というのは、SDGsが求めていることと、GAPが目指していることが非常にマッチするのです。SDGs の17のゴールで当てはめると3、6、7、8、12、15、17あたりはほぼGAPと重なってきます。
残念ながら今の日本(新潟を含めて)では、GAPを一生懸命やって認証取得しても、食品企業さんに納める時には、実はあまり評価されていないんですよ。GAPを取っているから優先的に使われるような動きがまだほとんどないと思います。
新潟でGAPを取得する機運が高まっていて、多くの食品企業が新潟にあるわけですから、もっとGAPを取得した農産物が使われて、SDGsにマッチした商品開発という形で表れれば、生産現場はもっとGAPを取ろうという動きにつながると思います。
SDGsの「場作り」新潟の強みに
まとめです。今日、私が受賞者の皆さんのお話を聞いただけでも、すごくバラエティーに富んでいると感じました。新潟らしい取り組みは、ある程度パターン化できるのではないかと感じました。
農と食に特化した活動もありましたし、学生の皆さんが地域としっかりと手を組んでいる様子、そして養護施設の子どもたちらとしっかりと交流している形など、今日受賞された皆さんや26の応募作品だけでもいいので「SDGsってなんだろう」と思っている人たちに、「こういうことがSDGsにつながる」と、分かりやすく「見える化」やパターン化をすることがまず大事なのかなと思います。
特に農業の視点からは、地域資源活用とか生物多様性の維持とか増進、あるいは最近広まってきている「農福連携」(農業と福祉の連携)のように、障害を抱えている人たちに農作業に従事してもらう連携が広まってきています。新潟でも随分盛んだと聞いています。これも十分SDGsに関連する事ですよね。
2番目に、新潟のように学校関係者、企業関係者、NPO関係者といろいろな人がSDGsに関わっていることは大きな強みです。多様な人がかかわることで、出会いの場づくりにもなると思いますし、それをビジネスチャンスにつなげていく、いい「場作り」をこれからも進めていくとことが重要なことかなという風に思います。
3番目に、日本の農業が課題を抱えている一方で、GAPの取り組みが広まってきていますので、そういった取り組みが食品企業さんと連携される形で商品が作られれば、経験と勘でやってきた農業を「見える化」するという点でも、農業の担い手を増やすということに連動するので、農業を強くすることにもつながり、それがSDGsを発展させることにもつながり、新潟の経済をより元気にすることにもつながっていくと思います。
青山浩子氏略歴 あおやま・ひろこ 愛知県生まれ。1986年京都外国語大学英米語学科卒業。2019年筑波大学生命環境科学研究科(博士後期課程)修了。農学博士。 1986年より日本交通公社(JTB)勤務を経て、90年から1年間、韓国延世大学に留学。帰国後、韓国系商社であるハンファジャパン、 船井総合研究所に勤務。99年より、農業関係のジャーナリストとして活動中。農村を訪ね、奮闘する農家の姿を紹介している。2017年4月からNHKラジオのマイあさ!に定期出演者として農業や農村の話題を語っている。農業関連の月刊誌、新聞などに連載。著書に「強い農業をつくる」「『農』が変える食ビジネス」(日本経済新聞出版社)「農産物のダイレクト販売」(共著、ベネット)などがある。 これまで、東洋経済、エコノミスト、家の光、日本農業新聞、地上、全国農業新聞、AFCフォーラム、農業経営者、毎日新聞などに執筆している。主なテーマは「農産物マーケティング」「農業と食に関するビジネス」「直売所ビジネス」「企業の農業新規参入」「地方の村興し」「女性の起業」「食品マーケティング」など。日常的に地方取材をこなす。2020年4月1日から新潟食料農業大学専任講師を務める。
<インデックス>
- 多彩な取り組み 無限の可能性~第1回新潟SDGsアワード
- 【アワード2021詳報1】大賞の紹介 「荒川中学校3年生×あらかわ地区まちづくり協議会」
- 【アワード2021詳報2】大賞の紹介 「アクシアルリテイリング(長岡市)グループ 原信・ナ
- ルス」
- 【アワード2021詳報3】優秀賞の紹介 「新潟青陵大学ぼらくと」(新潟市中央区)
- 【アワード2021詳報4】奨励賞の紹介 「共伸グループ」(新潟市北区)◇「エムテートリマツ」(燕市)◇「長岡炭酸」(長岡市)◇「馬場小学校(十日町市)」◇「中之島中央小」(長岡市)◇「新潟青陵高校」(新潟市中央区)
- 【アワード2021詳報5】食の新潟国際賞財団特別賞の紹介 「バイオマスレジン南魚沼・バイオマスマーケティング」(南魚沼市)
- 【アワード2021詳報6】記念講演会「新潟らしいSDGsとは 食と農の視点から」 青山浩子氏(新潟食料農業大学講師 農業ジャーナリスト)