基調講演「SDGs入門 元国連広報官が教えるSDGsの基本と始め方」
一般社団法人SDGsアントレプレナーズ代表理事 青柳仁士氏
今日はSDGsとは何かという正しい理解と(What)、なぜ重要なのか(Why)、そしてどうやって取り組んだらいいのか(How)ということについて説明します。
私はSDGsが始まった2016年に国連開発計画(UNDP)の駐日代表事務所の広報官を務めていました。SDGsの広報、普及のために政府やメディアなどと話をし、民間企業に勤めた経験があったので、企業がどうやってビジネスでSDGsを達成するのか、取り組むのかということに力を入れていました。その前は国際協力機構JICAの職員を10年以上勤め、アフガニスタン、スーダンなどいろいろな国に赴任し、2001年から世界の環境問題や開発の問題に取り組んでいました。
本日は(1)SDGsの基本と本質 (2)企業にとってのSDGs (3)SDGsの始め方――の3点について、話をします。
(1)SDGsの基本と本質
SDGsのロゴが、電車やバスや飛行機のデザインに取り入れられるなど、いまでは街中のいたるところで見るようになりました。国の各省庁はそれぞれの立場でSDGsを推進していまして、例えば文科省は指導要領の中にSDGsを取り入れました。受験や日々のテスト、教科書にも既に載っており、これからもっと増えてくると思います。
SDGs未来都市ということで、60の自治体が現在SDGs推進の中核地として活動しています。これから5年間、さらに毎年30ずつ、150自治体くらい増えていきます。
東京オリンピック、パラリンピックでもSDGsのコンセプトがうたわれており、2025年の大阪万博はSDGsをメインテーマに掲げ、実験場にすると大きくうたっています。
では、SDGsって何かと言いますと、17項目の「ゴール」のうち、例えばゴール1であれば、「あらゆる場所であらゆる形態の貧困に終止符を打つ」というような具体的な言葉があります。
それぞれのゴールの下にはサブゴールといいますか、もう少し小さなゴールがぶら下がっています。これを「ターゲット」といいます。ゴール1なら「2030年までに現在1日1.25ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」というような内容になっています。
このターゲットは全部で169個あります。
すなわち17個のゴール、169個のターゲット。これをSDGsと言います。
SDGsとは何か。簡単に言いますと「2016年から2030年までの15年間、世界と人類が目指すべき目標」です。193カ国のトップが2015年に合意をしました。99%以上のメジャーな国はすべてこれに賛成したものです。
なぜ、このSDGsが大事なのかというと、割ととんでもない事を言っているからなのです。
どういうことかと言いますと、SDGs=サスティナブル・ディベロップメント・ゴールズ、日本語では「持続可能な開発目標」なのですけれども、じゃあ、持続可能な開発ってどういう意味なのか。
持続可能とは「境界線を越えない」という意味です。例えば環境分野において、森林の問題であれば、森はある一定程度まで切っても同じように植えれば元に戻ります。ところが、ある一線以上切ってしまうと、同じだけの量の植物を植えても元には戻らないんです。生態系が破壊されてしまうからです。
そういう一線、あるいは境界線というものが存在します。これは経済も政治も外交も同じです。ある一線を越えてしまえば、戦争に向かって走っていく、恐慌に向かって転がり落ちていく。この一線を超えないことを「持続可能」という風に言っています。
すなわち、SDGsとは「この境界線を越えないで、人類が進歩し続けるための目標」ということです。要するに「今のこの世界は持続不可能」だと言っているんですね。
これを193カ国、ほとんどすべての国のトップが、自分たちが住んでいる地球と人類が持続不可能だということを認め、その解決策についてまとまって合意をしたということは、2万年の人類の歴史において初のことです。実はこれが非常に重要なことです。
2001~2015年の15年間、MDGsというものがありました。これは、「ミレニアム開発目標」といいまして8つの目標です。ここでは世界の貧困を半減するという目標を掲げました。
2001年は、米国経済の失速や同時多発テロなどにより世界経済が同時に減速し、日本では就職氷河期と言われ時代で、そんなにいい時代ではありませんでした。ところが、これを達成したのです。これまで世界が歩んできた道を変えるためにみんなで行動を取ろう、アクションしようというアイコン、象徴としてMDGsがあったことが達成力を高める最大の要因となりました。
SDGsはMDGsよりも遥かに多くの課題と関係者を包含しており、力があると言われています。持続不可能な世界を持続可能にしていくための人類の統合活動、これを呼びかけているのがSDGsです。
(2)企業にとってのSDGs
「96.7」
この数字は何だと思いますか?
2019年度の日本の上場企業のSDGs認知度です。年金を管理している「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)が2017年から毎年調査しています。
私が国連の広報官を務めていた2016年頃は、調査したらおそらく一けたの数字だったと思います。これだけ浸透が一気に進んできています。
なぜ多くの企業がSDGsに取り組んでいるのか。実は単なる善意で取り組んでいるわけではないのです。その一つには、「顧客と競合」の変化があります。
東京のある大手素材メーカーと一緒にSDGsの取り組みをやっていたことがあります。ビジネスは順調だし、業界トップですが、そこが急にSDGsをやると言い始めた。
実は取引先のトヨタ自動車が2015年にサステナビリティに関する大方針を打ち出し、SDGs的な要素をサプライヤー選定に取り入れるということがあったのです。自動車の部品が作られる過程も含めて、バリューチェーン全体でCo2を減らすという発想です。
そうなると、今までトヨタと取引をしていた会社にとっては、今までは品質とコストさえよければトヨタに選んでもらえたものが、そこに社会価値や、SDGsというものがないと、競合に負けてしまうという状況になってきました。周りの競合社を見てみると、SDGsにキャッチアップしている状況があって、これはまずいということで進めたという事例が実際にありました。
このようにBtoB、あるいはBtoCにおいても、社会価値や社会課題への取り組みを、その企業を選ぶ理由として考える顧客、あるいはそれにいち早く動いて対応してくる競合他社というものが存在し、それによりSDGs認知度が急速に進んでいるという面があります。
もう一つは「株主と投資家」です。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資というのがあります。これまで企業の価値というのは、売り上げや収益力、成長によって計られていました。けれども、非財務的価値の部分、その企業が社会に対してどれだけ良い影響を与えているのかによって、企業価値というのを評価しようじゃないかと、こういう仕組みがいま急速に進んでいる状況があります。
さらに「社員と外部人材」。自分がなぜこの会社で働くのかという理由で「給与が高いから」「福利厚生がいいから」「有名な会社だから」などがあると思いますが、「自分の信じている、正しいことをしっかりやってくれる会社だから」とか「自分が社会的にこれから成し遂げたいことをやらせてもらえる会社だから」という理由でその会社を選ぶ人が若い世代を中心に、どんどん増えています。
今、優秀な人材を採用するのは難しいですが、とどめておくことはもっと難しいですよね。ですから優秀な人材に長く働いてもらい、モチベーション高く働いてもらうために、企業はSDGsに取り組んでいくということが非常に重要になっています。
もう一つは「政府や規制当局」です。経団連の企業行動憲章の中にSDGsが入っていますが、JETRO(日本貿易振興機構)が2018年に調べた調査では、SDGs関係の規制は世界で50以上あって、今も増え続けています。日本政府も各省庁一丸となっていますので、SDGsは「やらなくてはならないこと」といえるほど、市場環境の変化が訪れています。
他方で、損得だけで動いているわけでもない面もあります。
世界では毎年540万人の子供たちが5歳未満で死亡しています。そのうち310万人は栄養不足が原因です。1年は365日ですから、だいたい1日に1万人近くの子供が栄養不足が原因で亡くなっているのです。
もし皆さんの子供だったらどうでしょうか。亡くなってしまう子供はかわいそうですが、その周りの人達は一生その傷を抱えて生きていくでしょう。これが1日1万回も起きている。
これは17あるゴールのたった一つです。こういった問題に対して何とかしなきゃいけないのではないか。そこはビジネスや損得ではなくて、人として自分のできることをやらなきゃいけないんじゃないか、という気持ちを世界中の人が持っているという事なんですね。
ですから単なる市場環境の変化や損得だけではなく「共感」が広がっていて、これがSDGsを推進している大きな力なのです。
ビジネス面においても、皆さんの企業がやっていることを顧客が共感してくれれば、皆さんの商品やサービスを選んでくれるでしょう。「共感」というのは非常に重要です。
(3)SDGsの始め方
最近、企業の中には、ブランディングツールやESGで高評価を得るためだとか、自分をよく見せるためにSDGsを使おうという企業が非常に多くみられます。
本気で取り組んだ結果、外にアピールする時に使うのは問題ありません。まずいのは外によく見せようということだけを目的にする企業が結構あります。
なぜ、それがよくないかというと、一つは自分達をよく見せることだけに使っても、実際に世界は何も変わらないので、社会的には無価値だからです。
こういった行動は「SDGsウオッシュ」と言われています。SDGsでうわべをごまかす(whitewash)という意味です。
こんな言葉があるぐらいですから、そもそもよく見せようとしている相手(顧客、ファン、パートナー、投資家など)からはよく見えていないということですから、あまり意味がない。やめたほうがいいことなのです。
では、どういう取り組み方をしたらいいのか。例えば、国連やJICAとも一緒にグローバルな社会課題に取り組み続けてきた味の素では、経営の中にASV(Ajinomoto Group Shared Value)というSDGsをそのまま経営戦略化したような指針を取り込んでいます。
共通価値の創造(Creating Shared Value = CSV)はもともと同社のライバルでもあり、世界一の食品会社であるネスレが取り組んでいる経営戦略として有名でした。「ネスレプラス」という言葉があり、SDGsのような社会価値に対して本気で企業が取り組むことにより、従業員のモチベーションが非常に高い。このモチベーションの高さが目には見えないけれども、誰も真似できない競争優位だとネスレは言っているわけです。ESG投資基準に合わせて自らを革新していったり、研究開発の中に社会貢献できるものを作ったりと、自主的な活動をしている企業というのもたくさんあります。
そういった企業とSDGsウオッシュ企業の最大の違いは何かと言いますと、2点あります。一つは、本業で取り組んでるのかどうか。二つ目は社会と自社の慣行軌道を変えているか。この2点に注目すると、SDGsウオッシュなのか、本質的なSDGsの取り組みなのかがある程度は判別できるんじゃないかと思います。
これから取り組む方々はぜひ、こういう点を注意してみてください。
とはいえ、あんまり難しいことを考えずに、まずはやってみることが非常に重要です。企業であれば、まずは担当者から始める。個人であればまずは自分から始めてみる。(襟につけたSDGsバッジを示し)こういうバッジつけてみるだけでもいいと思うんです。これをつけて街を歩くだけでも結構背筋が伸びる。手元にペットボトルがあったら、もう「ビン・カン」と書かれているごみ箱に面倒臭いからという理由で突っ込むなんてできなくなります。そういう気まずさとかを感じることが重要です。「知っていること」と「理解していること」は全く違います。頭で分かったつもりになるのではなく、どんな小さなことでも実際に自分でやってみて実感してみることが大事です。
「あなたにもできる17のミニゴール」というものを考えてみました。まず残さず食べるだけでもフードロスという面でSDGsに繋がる。またセクハラっぽいことがあったら、なあなあにせずきちんと言うとか、スイッチをこまめに消してみるとか、いろいろな人とランチに行ってみる、私も国連にいた時はやっていましたが、ダイバーシティ、多様性というものを大事にしようとする人は、いろんな人とランチに行くことがダイバーシティ力を高める最高の方法だと思います。自分の中でいろいろな人を受け入れられる素地を作ることが、不平等をなくしたり弱い立場にいる人に手を差し伸べるような発想を持つ上で非常に重要だからです。
それから、例えば家電製品を買う時に、コストや品質だけで選ばないで環境性能を見てみるとか、SNSで社会的に流行らせた方がいいと思ったものはちゃんとシェアをするということも重要だったりします。
企業や組織、自治体としての大きな取り組みは先ほどの軸で本質的な活動をしてほしいですが、それを始めるに当たって、難しいことを頭の中で考え続けても答えは出ないので、まず自分から始めてみたらだんだんと組織としてのSDGsの取り組みの勘所が見えてきて、素晴らしいものに発展させていけると思います。
(2020/2/18 にいがたSDGsフォーラム2020 新潟市中央区)
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