SDGsにいがたの2024年度第4回セミナーが8月26日、新潟市中央区万代の新潟日報メディアシップで行われ、16人が参加しました。行動経済学の専門家で青森大学客員教授の竹林正樹さんを招き、最近注目を集めている「ナッジ」の解説や、無理せず取り組むSDGsのアイデアについて話を聞きました。
“ナッジ伝道師”として全国から引っ張りだこの竹林さんは、今年これが122回目の講演です。昨年のSDGsにいがたセミナーでもオンラインでの講演が好評だったことから、本年度も「ナッジふたたび」と題した続編を企画。パネルディスカッションも行い、SDGsにいがたの会員が取り組んでいるミッションの課題についてアドバイスをもらいました。
講演の要旨は次の通り。
ナッジとは、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー博士によって提唱された理論で、たとえば買い物のレジ待ちで間隔を開けた足跡のマークを床に貼ると、思わずその上に立ってしまうというような、強制力やインセンティブを用いなくても人を動かす手法のこと。SDGs(持続可能な開発目標)を知ってもらい、人々に行動を促すためには、情報提供だけではなく、行動科学に基づいたアプローチが効果的です。
このナッジの効果は、認知バイアスと呼ばれる人間の心理的な偏りに基づいています。人間の脳のシステムは「直感」と「理性」の二つに分かれ、直感が圧倒的に多くの判断を担っています。直感は“象”にたとえられ、力強く、制御が難しい存在です。一方で、理性はそれを調整する調教師のような役割を果たしますが、活動には多大なエネルギーを要するため、毎回発動すると脳が疲弊してしまいます。このため、脳は直感が日常判断を担当するように役割分担します。しかし直感は自分のことが大好きで、面倒くさがり屋なため、自分に都合よく、面倒くさくなく解釈する習性があります。この習性のことを「認知バイアス」と言います。
「2030年を目標としたSDGsは、達成すべき人類共通の約束」と頭では分かっていても、「現状維持バイアス(変化を面倒に感じる習性)」や「現在バイアス(将来のメリットより目の前の誘惑を過大評価する習性)」が働くと、行動を先送りしやすくなります。
さらに「プライミング効果(最初に受けた刺激がその後の判断に影響を及ぼす習性)」や「ピークエンドの法則(記憶に基づく評価はピーク時と終了時の平均で決まる習性)」を用いることで、疲れの少ない時間帯に実施して、100%のポジティブさで始めて100%のポジティブさで終えることによって、相手はいい話だと受け止めて、その後の行動につながる可能性が高まります。
効果的なナッジのフレームワークとして「EAST(イースト):Easy(簡単に)、Attractive(印象的に)、Social(社会的規範に基づき)、Timely(タイムリーに)」があります。具体的には、「~しましょう」という表現を多用せず、明確なメッセージを指し示す(簡素化ナッジ)ことで、伝わりやすく、行動に繋がりやすくなります。また、大学生にレポートを書く時間と場所を決めて宣言させるようにしたら提出率が2倍以上に高まった事例(コミットメントナッジ)から、いつどこでやるのかを具体的に決めることによって実現可能性が高まることが示唆されます。SDGsでも具体的な行動を決めて、宣言するという形にしたほうが、実現可能性が高まると推測されます。
一方、ナッジには「悪用される可能性がある」「継続的な行動変容に繋げるほどの力はない」といった弱点があります。そのため、ナッジと教育を組み合わせることが重要であり、ナッジは教育効果を高める観点からも、活用が期待されます。
シンポジウム:無理せず取り組むSDGs
後ろ向きな数字よりも成功事例を示す
講演に続き行われたパネルディスカッションでは、SDGsにいがた会員企業・団体から3人のパネリストが登壇。第四北越銀行総合企画部の佐藤慧介さんは、新潟県のSDGs普及に関する現状と課題について説明しました。佐藤さんは「新潟県内企業におけるSDGsに前向きな企業の割合が全国平均と比べて低く、普及が進んでいない」と説明。銀行として地域の企業にSDGsの重要性を理解してもらい、持続可能な取り組みを進める必要があるものの、これまでSDGsに取り組んでいない企業に対し「前向きに取り組んでもらうよう促すにはどうすれば良いか悩んでいる」と述べました。
これに対し竹林さんは、SDGsに前向きな企業の割合が低いことを強調するのではなく、前向きな企業が増加していることや成功事例を示すことが重要だと提案しました。また費用対効果を具体的に示すことで、企業が取り組みやすくなると述べ、銀行の役割として、具体的で効果的な提案を行うことを期待しているとコメントしました。
健康経営にもナッジは有効
SDGsにいがたウェルビーイング分科会座長の二平隆志さんは、プレゼンティーイズム(体調不良により生産性が低下する状態)が大きな損失をもたらしていることに触れ「どうすれば従業員が前向きに面談や受診などで自分の健康意識を高めてもらえるか」と質問しました。竹林さんは、日本がアメリカに比べて労働生産性が低い原因の一つとして健康問題を挙げ、健康リスクを改善することが生産性向上の鍵であり、健康経営は費用対効果が高いと指摘。社員食堂でサラダを選択するようにナッジを使った行動変容アプローチなど、具体的な健康促進策を提案しました。
障がい者のやる気引き出す
バウハウスの江口知美さんは、新潟のJリーグチーム、アルビレックス新潟の試合会場で障がい者の就労体験を支援してきた経験を披露しました。江口さんは、障がい者が働くことを通じてリーダーシップを発揮し、周囲に良い影響を与える様子を見て、活動が自己承認や社会的承認の価値を高めていると述べました。江口さんは、マイブームからヒントを得た「マイハッキ」という造語を使って活躍する姿をほめたり、行動を承認したりする試みや、サッカーのキャプテンがつけるキャプテンマークを着けさせ、本人のやる気を引き出す試みを紹介。この活動を地域全体に広げる方法を竹林さんに尋ねました。
竹林さんは、江口さんの取り組みを称賛し「マイハッキはフィードバックナッジ、キャプテンマークは役割ナッジだといえる。行動変容に有効」だと評価しました。また、これらのアイデアを広く伝えるために、一つのメッセージに絞って繰り返し伝える戦略が効果的だと助言しました。また、単純接触効果(同じものを見ていると愛着が湧いてくる)を活用し、同じメッセージを繰り返し伝えることで、ターゲット層に深く浸透させることが期待できると述べました。
SDGsにいがた会員は、既にメールでお送りしているリンク先から講演のアーカイブ映像をご覧になれます。(9月末まで公開)