事例紹介「新潟大学『里山創生★佐渡モデル』の構築~第7期科学技術基本計画(2026~2031)を見据えて」
新潟大学地域創生推進機構 准教授 高島徹氏
本日は今年度から本学が佐渡島で取り組んでいる地域社会課題解決プロジェクトについてご紹介します。
今日はSDGsがテーマですので、この取り組みによって新潟から誰一人取り残さない社会をともに創る第一歩になればと考えています。
(1)問題意識
まず問題意識です。一つ目ですが、昨年5月の連休明け、私は佐渡島を初めて訪れました。最初に伺った場所は岩首という集落にある棚田でした。棚田は島内に約100カ所あるそうですが、ここは非常に美しい棚田です。400年くらい前から先人の方々の積み重ねでこういった美しい景観が維持されています。そして、その棚田ではいまも地域の方々が大変な苦労をされて農業を営まれています。しかしおそらく何も手をうたなければ高齢化も進み、次の担い手も見つからず、10年ほどでこの美しい棚田は消滅してしまう懸念があります。この状況をなんとか打破したいという思いです。これを外からの力ではなくて、地域の皆さんの内発的な力により持続的に維持発展していく、そのための解決策の糸口を見出したいということで、このプロジェクトを始めました。
もう一つ、国立大学ではご承知のとおり、ここ15年ほど国の予算の削減などで経営的に非常に厳しい状況にあります。この状況を克服することはできないかという思いです。
この解決策を検討する上でのよい事例になるのではないかという考えもありました。
(2)プロジェクト化にいたる背景
次に、このプロジェクトが実現できた背景についてです。
一つ目は、こういう地域社会課題解決型のプロジェクトに取り組むことについて、大学側の体制が整ってきたことがあります。本学の本部にはビジネスプロデュース室が2017年度に新設され、2名の教員が配置されました。また、佐渡には自然共生科学センターが2019年4月に立ち上がりまして、センターにはこの1月にコミュニティデザイン室という組織が新設され、2名の教員が配置されました。今、この2つの組織が両輪となってこのプロジェクトを動かしています。
もう一つの背景に、国の地域科学技術施策の変化があります。今年度、文科省から「DESIGN-i(STIによる地域社会課題解決)」というプロジェクトが新しく出てきました。STIは科学技術イノベーションのことを指します。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)からも「SOLVE(SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム)」という新規施策が出てきました。これらはまさにSDGs達成にむけた新規施策です。このうち、前者の施策を活用し、文科省の助成を受けて、今回のプロジェクトを推進しています。
この「DESIGN-i」を簡単に説明すると、この15年ほど、いわゆる大学の技術、特許を製品化する支援策を文科省は続けてきたわけですが、その結果として地域が元気になったのかというと、必ずしもそうなってはいないという状況があります。この「DESIGN-i」という施策はいわゆるシーズプッシュではなくて地域ニーズプル型の産学連携という新たなアプローチが特徴です。
「DESIGN-i」では、まず地域に入って地域のアクターの皆さんと未来ビジョンを作る、その上でビジョン達成のための課題を設定して、STIを活用した課題解決策の仮説を設定し、検証する、その後地域の現場で実証し、解決策を実装する、また新たな課題が出てきたらまた取り組んでいくと、こういうサイクルを回していくことが求められています。
こういうやり方、すなわち、地域において、未来ビジョン達成のためにSTIを活用した解決策を探るというアプローチはおそらく、地域においてなかなか取り組まれていなかったと思います。一方、大学の産学連携においても、ここまで地域に入って、地域を起点として、未来ビジョンを設定し、その解決策を考えることはしていなかったでしょう。
冒頭の背景でご説明したように、大学において、地域連携のセクションと産学連携のセクションが一緒に、プロジェクトに取り組むということはほぼ初めてのことだと思います。
したがって、地域ニーズプル型の産学連携というアプローチは生まれたての赤ちゃんのようなもので、このアプローチ、手法について、時間をかけて、育てていく必要があると思います。
(3)佐渡島での取り組み
さて本題に入りますが、佐渡島での取り組み~棚田の景観や農業などをどのように内発的に持続的に維持発展させていくのか~というところが出発点です。今回は顔の見えるチーム、いわゆるアクターズ・ベースド・コミュニティをつくるということが出発点でした。
そこで我々は、9名のコアメンバーでリージョナルデザインチームを結成しました。統括プランナーの豊田光世先生(新潟大学佐渡自然共生科学センター准教授)も含めて、私を除く8人が佐渡市在住の皆さんです。特に地域のコーディネーターや、棚田協議会の会長ら、まさに地域のアクターを中心にチームを作り、その中に大学の教員や佐渡市役所の方が入り地域のニーズをしっかりと取り入れていく体制にしています。
プロジェクトの概要ですが、佐渡は生物多様性の島、世界農業遺産(GIAHS)の島ですので、「棚田」と「生物多様性」と「スマート農業技術」の3つが共存する新たな地域モデル、里山創生佐渡モデルを構築していくことを目標に進めました。
今回のプロジェクトは、二つの農業集落をフィールドとして行いました。一つ目は海からすぐ立ち上がっている急傾斜の棚田を持つ「歌見」、もう一つは比較的平場ですが谷が広がっている「谷戸田」。ここは生物のホットスポット、トキを放鳥したポイントでもあります。
佐渡モデルの特徴というべきものが5つあります。今までの大学でやってきたシーズプッシュ型の産学連携ではなく、地域ニーズプル型に大きく転換しています。
一つ目は先ほど触れた、顔が見えるチーム、アクターズ・ベースド・コミュニティ(ABC)というものをつくったことです。今回は特に集落のニーズということで、集落ベースでの活動です。私は東京出身で今まで集落を経験したことがありませんでしたが、昨年の8月から月に5日から10日ぐらいのペースで佐渡に入り、様子はわかってきましたがそれでもやはり集落でものごとを進めていくことは通常の、例えばビジネスベースであるとか、あるいは役所の方とのやりとりとはかなり異なっていました。この集落ベースでやることの難しさというのが、多分今回のプロジェクトの最大の特徴になっているのかなと思います。
2つ目はシーズプッシュではなく地域ニーズプル型のアプローチを取ったこと。
3つ目は大学の役割の転換です。いままでなら大学は特許やノウハウ、研究成果を提供するという役割でしたけれども、ここではいわゆるプラットフォーム的な役割に徹しました。そして必要な技術、ソリューションは全国の大学、研究機関、企業から集めてくるというアプローチを取りました。
4つ目はプロセスデザインです。地域住民の皆さんとの「里山未来会議」でニーズや未来ビジョンを探り、そのニーズや未来ビジョンに合わせていろいろな専門家が入る「ソリューション探索会議」で解決策を探る、これらの2つの会議体を交互に繰り返し、最終的にその地域のニーズやビジョンに合致したソリューションを探索するというアプローチを取りました。
5つ目は異分野融合アプローチです。ソリューション探索のために、農学、生態学、合意形成学、経営学等の知見を活用しています。
「里山未来会議」と「ソリューション探索会議」を昨年9月にスタートし、今年1月まで4回ほど開催し、少しずつ方向性が見えてきました。「里山未来会議」では車座になって、地域の皆さんと対話をし、「ソリューション探索会議」では企業の方やいろいろな研究機関の研究者の方々と解決策を議論する、これをキャッチボールするといったやり方です。
課題の例として、たとえば、棚田の畦畔(けいはん)での草刈り作業が挙げられます。傾斜がある畦畔も多く、草刈り作業がすごく大変です。
この課題に対して、その解決策の選択肢として、新たな草刈りロボットの開発、家畜の活用などが想定されます。それぞれの選択肢について、技術面、経済面、社会面、環境面等を考慮して検討するわけですが、メリット、デメリットがあり、なかなか議論は収束しません。
なかなか解決策にたどり着かないのですけれども、まさにこういうプロセスこそが今回の地域ニーズプル型の産学連携の新しいやり方ではないかと思います。難しいけれども、こういうことをやっていかないと、本当に地域の内発的な課題解決にはつながらないのではないかと感じています。
このような取り組みを一回りしてみて、チームメンバーからは「このような取り組みは初めて、やってみて良かった、これからの可能性が見えてきた」というようなコメントがありました。
このような取り組みを今年度から10年かけて佐渡の地域社会課題解決につなげていきたいというふうに思っています。
今回の地域社会課題解決プロジェクトはSDGsの目標に照らすと、No.8、9、11、15に関連するかと思います。
(4)未来コミニティ共創活動の将来構想
こういった取り組みを佐渡を皮切りに「未来コミュニティ共創活動」として大学のミッションとして取り組んでいきたいと考えています。
「未来コミュニティ共創活動」とはSDGsやSociety5.0の達成を目標として、県内30市町村の困難な課題を抱えている地域コミュニティを対象とし、未来のビジョンを共に創る、あるいは解決策をともに創り、実証、実装につなげていくという将来構想です。
地域の大学が地域の未来のまちづくりや人づくりをリードしていくこと、これは当然、地域の大学の役割です。これを信念として佐渡や他地域で取り組んでいきますが、その際、3つのシステムが必要ではないかと思います。
一つ目はエコシステム。今まではシーズプッシュ型のエコシステムでしたが、今回は地域ニーズプル型のエコシステムということで、四国、中国、東北、首都圏等から必要なシーズ、必要なソリューション、必要な技術を持つ企業、研究機関、大学等から調達するような仕組みをつくろうとしています。そして、その結果としてソリューションを探索してその地域にとっての課題解決につなげていく。もし必要な場合には大学発ベンチャーをつくっていく。そのような、イノベーションエコシステム、スタートアップエコシステムです。
いずれにしても今回やっているようなアプローチをリードできるイノベーション創出型人材や起業人材、協働探究型人材の育成等が鍵になってくると思います。
2つ目はシンクタンクシステム。未来の技術、未来の市場、未来の法制度といったものを常に探求していくこと。このようなシンクタンク型人材の育成等も重要です。
3つ目はファンドレイジングコミュニティシステム(基金事業、ベンチャー投資等)。ここもやはり社会貢献教育とか、ファンドレイジングの専門人材等の育成が必要になってくると思います。
地域での長期的な人材育成や未来コミュニティ共創活動等を通して、夢を持つ子どもたち、挑戦する若者が輩出され、地域社会で活躍する、地域社会課題を解決する、そしてこのような“地域志民”たちが次世代のために寄附をする、このような世代循環モデルをこの新潟で構築し、国内他地域にむけて発信していきたいと思います。
(5)今後の展開
里山創生佐渡モデルを3年程度で構築した後に、県内の他地域、あるいは県外に横展開していきたいと思っています。新潟県内は30市町村ありますので、困難な課題をもつ様々な地域でこのような未来コミュニティ共創活動をどんどん進めていきたい、国や自治体のプロジェクト、大学基金、民間資金等を活用し、STIによる地域社会課題解決を推進していきたいと考えています。
(2020/2/18 にいがたSDGsフォーラム2020 新潟市中央区)
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